图书 · こころ
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作者: 夏目漱石
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それから柳町の通りへ出た私はどこへ行って好いか自分にも分らなくなりました。どこへ行っても面白くないような心持がするのです。私は飛泥
の上がるのも構わずに、糠る海の中を自暴にどしどし歩きました。それから直ぐ宅へ帰って来ました。
「私はKに向ってお嬢さんといっしょに出たのかと聞きました。Kはそうではないと答えました。真砂町で偶然出会ったから連れ立って帰って来
たのだと説明しました。私はそれ以上に立ち入った質問を控えなければなりませんでした。しかし食事の時、またお嬢さんに向って、同じ問いを
掛けたくなりました。するとお嬢さんは私の嫌いな例の笑い方をするのです。そうしてどこへ行ったか中ててみろとしまいにいうのです。その頃
の私はまだ癇癪持ちでしたから、そう不真面目に若い女から取り扱われると腹が立ちました。ところがそこに気の付くのは、同じ食卓に着いてい
るもののうちで奥さん一人だったのです。Kはむしろ平気でした。お嬢さんの態度になると、知ってわざとやるのか、知らないで無邪気にやるの
か、そこの区別がちょっと判然しない点がありました。若い女としてお嬢さんは思慮に富んだ方でしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いな
ところも、あると思えば思えなくもなかったのです。そうしてその嫌いなところは、Kが宅へ来てから、始めて私の眼に着き出したのです。私は
それをKに対する私の嫉妬に帰していいものか、または私に対するお嬢さんの技巧と見傚してしかるべきものか、ちょっと分別に迷いました。私
は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。私はたびたび繰り返した通り、愛の裏面にこの感情の働きを明らかに意識してい
たのですから。しかも傍のものから見ると、ほとんど取るに足りない瑣事に、この感情がきっと首を持ち上げたがるのでしたから。これは余事で
すが、こういう嫉妬は愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しました。その代り愛情の方
も決して元のように猛烈ではないのです。
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