图书 · こころ
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作者: 夏目漱石
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私は郷里の事について余り多くを語らなかったのです。ことに今度の事件については何もいわなかったのです。私はそれを念頭に浮べてさえすで
に一種の不愉快を感じました。私はなるべく奥さんの方の話だけを聞こうと力めました。ところがそれでは向うが承知しません。何かに付けて、
私の国元の事情を知りたがるのです。私はとうとう何もかも話してしまいました。私は二度と国へは帰らない。帰っても何にもない、あるのはた
だ父と母の墓ばかりだと告げた時、奥さんは大変感動したらしい様子を見せました。お嬢さんは泣きました。私は話して好い事をしたと思いまし
た。私は嬉しかったのです。
私のすべてを聞いた奥さんは、はたして自分の直覚が的中したといわないばかりの顔をし出しました。それからは私を自分の親戚に当る若いもの
か何かを取り扱うように待遇するのです。私は腹も立ちませんでした。むしろ愉快に感じたくらいです。ところがそのうちに私の猜疑心がまた起
って来ました。
私が奥さんを疑り始めたのは、ごく些細な事からでした。しかしその些細な事を重ねて行くうちに、疑惑は段々と根を張って来ます。私はどうい
う拍子かふと奥さんが、叔父と同じような意味で、お嬢さんを私に接近させようと力めるのではないかと考え出したのです。すると今まで親切に
見えた人が、急に狡猾な策略家として私の眼に映じて来たのです。私は苦々しい唇を噛みました。
奥さんは最初から、無人で淋しいから、客を置いて世話をするのだと公言していました。私もそれを嘘とは思いませんでした。懇意になって色々
打ち明け話を聞いた後でも、そこに間違いはなかったように思われます。しかし一般の経済状態は大して豊かだというほどではありませんでした
。利害問題から考えてみて、私と特殊の関係をつけるのは、先方に取って決して損ではなかったのです。
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