Jezyki

Klawiatura

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Autor: 夏目漱石

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何も知らない私は、叔父を信じていたばかりでなく、常に感謝の心をもって、叔父をありがたいもののように尊敬していました。叔父は事業家で
した。県会議員にもなりました。その関係からでもありましょう、政党にも縁故があったように記憶しています。父の実の弟ですけれども、そう
いう点で、性格からいうと父とはまるで違った方へ向いて発達したようにも見えます。父は先祖から譲られた遺産を大事に守って行く篤実一方の
男でした。楽しみには、茶だの花だのをやりました。それから詩集などを読む事も好きでした。書画骨董といった風のものにも、多くの趣味をも
っている様子でした。家は田舎にありましたけれども、二里ばかり隔たった市、――その市には叔父が住んでいたのです、――その市から時々道
具屋が懸物だの、香炉だのを持って、わざわざ父に見せに来ました。父は一口にいうと、まあマン・オフ・ミーンズとでも評したら好いのでしょ
う。比較的上品な嗜好をもった田舎紳士だったのです。だから気性からいうと、闊達な叔父とはよほどの懸隔がありました。それでいて二人はま
た妙に仲が好かったのです。父はよく叔父を評して、自分よりも遥かに働きのある頼もしい人のようにいっていました。自分のように、親から財
産を譲られたものは、どうしても固有の材幹が鈍る、つまり世の中と闘う必要がないからいけないのだともいっていました。この言葉は母も聞き
ました。私も聞きました。父はむしろ私の心得になるつもりで、それをいったらしく思われます。「お前もよく覚えているが好い」と父はその時
わざわざ私の顔を見たのです。だから私はまだそれを忘れずにいます。このくらい私の父から信用されたり、褒められたりしていた叔父を、私が
どうして疑う事ができるでしょう。私にはただでさえ誇りになるべき叔父でした。父や母が亡くなって、万事その人の世話にならなければならな
い私には、もう単なる誇りではなかったのです。私の存在に必要な人間になっていたのです。
「私が夏休みを利用して始めて国へ帰った時、両親の死に断えた私の住居には、新しい主人として、叔父夫婦が入れ代って住んでいました。これ
は私が東京へ出る前からの約束でした。たった一人取り残された私が家にいない以上、そうでもするより外に仕方がなかったのです。

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