Jezyki

Klawiatura

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Autor: 夏目漱石

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私はまた警戒を加えました。けれども娘に対して前いったくらいの強い愛をもっている私が、その母に対していくら警戒を加えたって何になるで
しょう。私は一人で自分を嘲笑しました。馬鹿だなといって、自分を罵った事もあります。しかしそれだけの矛盾ならいくら馬鹿でも私は大した
苦痛も感ぜずに済んだのです。私の煩悶は、奥さんと同じようにお嬢さんも策略家ではなかろうかという疑問に会って始めて起るのです。二人が
私の背後で打ち合せをした上、万事をやっているのだろうと思うと、私は急に苦しくって堪らなくなるのです。不愉快なのではありません。絶体
絶命のような行き詰まった心持になるのです。それでいて私は、一方にお嬢さんを固く信じて疑わなかったのです。だから私は信念と迷いの途中
に立って、少しも動く事ができなくなってしまいました。私にはどっちも想像であり、またどっちも真実であったのです。
「私は相変らず学校へ出席していました。しかし教壇に立つ人の講義が、遠くの方で聞こえるような心持がしました。勉強もその通りでした。眼
の中へはいる活字は心の底まで浸み渡らないうちに烟のごとく消えて行くのです。私はその上無口になりました。それを二、三の友達が誤解して
、冥想に耽ってでもいるかのように、他の友達に伝えました。私はこの誤解を解こうとはしませんでした。都合の好い仮面を人が貸してくれたの
を、かえって仕合せとして喜びました。それでも時々は気が済まなかったのでしょう、発作的に焦燥ぎ廻って彼らを驚かした事もあります。
私の宿は人出入りの少ない家でした。親類も多くはないようでした。お嬢さんの学校友達がときたま遊びに来る事はありましたが、極めて小さな
声で、いるのだかいないのだか分らないような話をして帰ってしまうのが常でした。それが私に対する遠慮からだとは、いかな私にも気が付きま
せんでした。私の所へ訪ねて来るものは、大した乱暴者でもありませんでしたけれども、宅の人に気兼をするほどな男は一人もなかったのですか
ら。そんなところになると、下宿人の私は主人のようなもので、肝心のお嬢さんがかえって食客の位地にいたと同じ事です。

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