Libro · こころ
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Autore: 夏目漱石
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私は東京へ来て高等学校へはいりました。その時の高等学校の生徒は今よりもよほど殺伐で粗野でした。私の知ったものに、夜中職人と喧嘩をし
て、相手の頭へ下駄で傷を負わせたのがありました。それが酒を飲んだ揚句の事なので、夢中に擲り合いをしている間に、学校の制帽をとうとう
向うのものに取られてしまったのです。ところがその帽子の裏には当人の名前がちゃんと、菱形の白いきれの上に書いてあったのです。それで事
が面倒になって、その男はもう少しで警察から学校へ照会されるところでした。しかし友達が色々と骨を折って、ついに表沙汰にせずに済むよう
にしてやりました。こんな乱暴な行為を、上品な今の空気のなかに育ったあなた方に聞かせたら、定めて馬鹿馬鹿しい感じを起すでしょう。私も
実際馬鹿馬鹿しく思います。しかし彼らは今の学生にない一種質朴な点をその代りにもっていたのです。当時私の月々叔父から貰っていた金は、
あなたが今、お父さんから送ってもらう学資に比べると遥かに少ないものでした。(無論物価も違いましょうが)。それでいて私は少しの不足も
感じませんでした。のみならず数ある同級生のうちで、経済の点にかけては、決して人を羨ましがる憐れな境遇にいた訳ではないのです。今から
回顧すると、むしろ人に羨ましがられる方だったのでしょう。というのは、私は月々極った送金の外に、書籍費、(私はその時分から書物を買う
事が好きでした)、および臨時の費用を、よく叔父から請求して、ずんずんそれを自分の思うように消費する事ができたのですから。
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