पुस्तक · こころ
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लेखक: 夏目漱石
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兄は私の弁解を黙って聞いていた。やがて、「よく解るのかな」といった。兄は父の理解力が病気のために、平生よりはよっぽど鈍っているよう
に観察したらしい。
「そりゃ慥かです。私はさっき二十分ばかり枕元に坐って色々話してみたが、調子の狂ったところは少しもないです。あの様子じゃことによると
まだなかなか持つかも知れませんよ」
兄と前後して着いた妹の夫の意見は、我々よりもよほど楽観的であった。父は彼に向かって妹の事をあれこれと尋ねていた。「身体が身体だから
むやみに汽車になんぞ乗って揺れない方が好い。無理をして見舞に来られたりすると、かえってこっちが心配だから」といっていた。「なに今に
治ったら赤ん坊の顔でも見に、久しぶりにこっちから出掛けるから差支えない」ともいっていた。
乃木大将の死んだ時も、父は一番さきに新聞でそれを知った。
「大変だ大変だ」といった。
何事も知らない私たちはこの突然な言葉に驚かされた。
「あの時はいよいよ頭が変になったのかと思って、ひやりとした」と後で兄が私にいった。「私も実は驚きました」と妹の夫も同感らしい言葉つ
きであった。
その頃の新聞は実際田舎ものには日ごとに待ち受けられるような記事ばかりあった。私は父の枕元に坐って鄭寧にそれを読んだ。読む時間のない
時は、そっと自分の室へ持って来て、残らず眼を通した。私の眼は長い間、軍服を着た乃木大将と、それから官女みたような服装をしたその夫人
の姿を忘れる事ができなかった。
悲痛な風が田舎の隅まで吹いて来て、眠たそうな樹や草を震わせている最中に、突然私は一通の電報を先生から受け取った。洋服を着た人を見る
と犬が吠えるような所では、一通の電報すら大事件であった。それを受け取った母は、はたして驚いたような様子をして、わざわざ私を人のいな
い所へ呼び出した。
「何だい」といって、私の封を開くのを傍に立って待っていた。
電報にはちょっと会いたいが来られるかという意味が簡単に書いてあった。私は首を傾けた。
「きっとお頼もうしておいた口の事だよ」と母が推断してくれた。
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