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Page 112 sur 185

Auteur: 夏目漱石

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私は自由な身体でした。たとい学校を中途で已めようが、またどこへ行ってどう暮らそうが、あるいはどこの何者と結婚しようが、誰とも相談す
る必要のない位地に立っていました。私は思い切って奥さんにお嬢さんを貰い受ける話をして見ようかという決心をした事がそれまでに何度とな
くありました。けれどもそのたびごとに私は躊躇して、口へはとうとう出さずにしまったのです。断られるのが恐ろしいからではありません。も
し断られたら、私の運命がどう変化するか分りませんけれども、その代り今までとは方角の違った場所に立って、新しい世の中を見渡す便宜も生
じて来るのですから、そのくらいの勇気は出せば出せたのです。しかし私は誘き寄せられるのが厭でした。他の手に乗るのは何よりも業腹でした
。叔父に欺された私は、これから先どんな事があっても、人には欺されまいと決心したのです。
「私が書物ばかり買うのを見て、奥さんは少し着物を拵えろといいました。私は実際田舎で織った木綿ものしかもっていなかったのです。その頃
の学生は絹の入った着物を肌に着けませんでした。私の友達に横浜の商人か何かで、宅はなかなか派出に暮しているものがありましたが、そこへ
ある時羽二重の胴着が配達で届いた事があります。すると皆ながそれを見て笑いました。その男は恥ずかしがって色々弁解しましたが、折角の胴
着を行李の底へ放り込んで利用しないのです。それをまた大勢が寄ってたかって、わざと着せました。すると運悪くその胴着に蝨がたかりました
。友達はちょうど幸いとでも思ったのでしょう、評判の胴着をぐるぐると丸めて、散歩に出たついでに、根津の大きな泥溝の中へ棄ててしまいま
した。その時いっしょに歩いていた私は、橋の上に立って笑いながら友達の所作を眺めていましたが、私の胸のどこにも勿体ないという気は少し
も起りませんでした。

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